TREASURE |
「アークはかつて地表を救った英雄とひとつになったってことだよ」 ヨミがそう説明してくれたが、アークは結局のところどう言うことなのか良く分からなかった。 地表と地裏の関係、クリスタルホルムのみんな、己の正体も全て説明され理解したつもりでいたが やはり根本的には分かっていない。 ライトガイアの優しげな声に目を開けると、視界にはずっと焦がれていた景色が広がっていた。 空にはクリスタルブルーが漂い、暖かく淡い光の中で波間の幻のようにどこかの風景が浮かんでは消える。 地面の土とそれを覆う草はアークの足裏を柔らかく押し返す、粉ひき小屋の歯車がかみ合い軋みながら回り続ける 音が聞こえる。 橋から釣り糸を垂らす男のバケツには獲物が泳いでいるんだろうか。 アークが駆け寄ると警戒した鶏が一斉に逃げ出した、それを見た子供が楽しそうに一緒に駆け回る。 これがもう消えてしまうと言う、ダークガイアが作り上げた地裏の世界は閉じてしまうと言う。 地表の人々の生活となんら変わらないこのクリスタルホルムが無くなると言うことが、アークは信じられなかった。 機織り小屋の扉をゆっくりと開けると、中で刺繍をしていたエルが顔を上げた。 優しいが、同時に気の強さも伺える表情で、アークの顔を見てただ嬉しそうに笑う。 「あら?どうしたのアーク」 アークの目の前で死んでしまったエルではないんだと、咄嗟にアークは理解した。 あのエルは、やはりあの時に死んでしまった。 「あぁ…いや、何でもない」 「変なアークね、……あ、また鶏をここに追い込んだりしないでね、次やったら許さないから」 「分かってるって」 楽しげに笑って、また手元の針仕事に集中し始めたエルを暫く眺めてから、アークは静かに扉を閉めた。 身体を反転させて、空を仰ぐ。 村の外は荒涼とした岩場が続き、溶岩が湧き、天頂には何か大きな黒い塊があるだけの世界だった。 しかし今アークが見上げる空は、淡く青く、形の定まらないクリスタルブルーが幾つも浮かんでいる。 ダークガイアはこの地表の世界の美しいところだけを集めて詰め込んだようなクリスタルホルムをどんな気持ちで 作り、それを眺めていたんだろうか。 揶揄のつもりだったのかもしれないが、少しくらいは憧憬もあったのじゃないか。 アークは地表の人間たちの美しいところと醜いところを等しく見てきた。 どちらも、そこにあって然るべきものだった気もするが、やはりアークに確信を持って言えることは何も無かった。 自分は神じゃなく、クリスタルホルムのアークだからだ。 アークは村の中をくまなく、隅から隅まで歩いた。 全ての村人と言葉を交わして、出来る限りのものに触れた。 草地で寝転がって、クリスタルブルーに浮かぶ地表の景色を眺めた。 たくさん歩き、たくさん話し、たくさん記憶に刻み込んでいる内に徐々に瞼が重くなってくる。 嗚呼、自分のベッドで寝ないと怒られる。 アークはのろのろと起き上がって、長老の居ない長老の家の、自分の部屋に向かった。 一度エルの顔を見ようかと思ったが、踏み止まって部屋の扉を開け、これ以上ないくらいに眠り慣れたベッドに飛 び込んだ。 すぐに引きずり込まれるように眠気に襲われる。 アークは良く夢を見た。 今までに出会った人や動物や植物たちの夢を見た。 幸せで楽しい夢もあれば、悲しくドス黒い夢も見た。 しかしエルの夢は一度も見なかった。 今くらいは、エルの夢を見たいと思った。 そんな感傷に浸っている時点でエルに怒られてしまいそうだったが、一度くらいは良いじゃないか。 そしてもう一人のエルは、地表のエルには、あの世界で笑って過ごしていって欲しいと願う。 それでたまに、クリスタルホルムのアークのことを思い出してくれれば嬉しいと、アークはそんなことを考えなが ら布団に沈み込み、眠りに落ちた。 おねんね
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